2003月8月


2003年08月31日(日) オフを楽しむ

アメリカは3連休の週末も、ぼくにとっては今日は唯一
のオフ。今週は特に忙しかったせいか、家の中が散ら
かり放題になっていたので、まずはそれらを片して
部屋の中を少しきれいにする。

そして朝にゆっくりお風呂に入る。これは気持ちいい。
その後ナンバープレートの付け替えを行う。長らく
お付き合いしたミシシッピのナンバーともお別れ。で
も名残惜しいので部屋に飾ることにした。これからは
Constitution Stateと名うったプレート。でもなんか
味気ないなぁ、これ。

その後週末恒例ニューヘブンに行く。今日は途中まで
車で、そして適当にとめてまた歩く。Yaleの建物だけ
見ているだけでも楽しい。ニューヘブンは決して治安が
いいところではないけど、大学のキャンパスのあたり
はきれいで、必然的に治安もよくなっている感じがする。
Yaleの近くのBarns and Noble(まさにYale店でYale
グッズを扱っている)に入り、来るFantasy Football
シーズンに向けて情報収集をする。うーん今年のSleeper
は誰だろうか?

そうして家に帰り、まだ明るいので裏山に走りに行く。
はじめて最初から最後まで歩かずに行ってこれた。留学
は体力勝負だと思ってるだけに、年をとったとはいえ
Fitness levelは維持しておきたい。

夜はケンタッキーvsルイビルのフットボールを観て、
その後スーパーに買出しに行き一日を終える。スーパー
に行った時間が遅く、おすしのパックを買えなかった。
かなりがっくり。なので明日あらためて買いに行って、
おすしの日にしようかと思う。

ちなみにケンタッキーとルイビルの試合はかなり熱かった。
でぶQBロレンゼン(6-4, 285lb)はNFLに行くのだろうか?



2003年08月30日(土) 前の日記の2つの訂正

今日は2つほど訂正を。

1つ目は何日か前に書いた反省日記。ロースターに入って
いない学生をチームドクターに見せようとして、結局
規定であわせられず、本人にとって診察を受けさせられ
なかったばかりか、授業を休ませてしまったことについて。
担当の4年生の会話で、彼女だけの判断でなくヘッドの
指示も仰ぎ、ヘッド自らすぐに医者に会わせるように
指示したとのこと。ぼくには後付けの連絡で、判断を
仰ぐようなことはなかったとのこと。これで少し救われた。
Physicalで忙しく、ヘッドも選手の状態だけを聞き、実際
どこのどんな選手か確認しなかったんだろう。

新しい学期が始まってすぐは身内ですら知らない人間も多い
ぐらいだから、ましてや部活の新人おやである。今回のこと
はいい教訓になった。

2つ目は昨日の日記での数字。コネティカットでの車両登録
や税金が異様に高いが、ミシシッピは毎年税金を払うのに
対してコネティカットは2年おきであることが判明した。
つまりお金は2年分らしい。そうすると170ドルの半分で、
85ドルが1年分となる。今年ミシシッピより来た登録更新
の請求が50ドルちょっとだから、実際約1.6倍といった
ところ。これだと物価相応になり、納得したくないけど
こんなもんかと思う。

それにしてもガスが高い。一番安くて1ドル80ドルを割ら
なくなった。これってイラク情勢が不安定なのも関連して
るのかなぁ。



2003年08月29日(金) お役所仕事、再び

まず昨日の日記の更新が遅れた理由。10時過ぎに帰ってきて
10時半には寝てしまったから。疲れたんでしょう。

さて今日はATRに遅くいけるので、8時過ぎに免許センターに
行って、免許の書き換えをしようと思った。まず車検。並ば
されて少しすると「君のミシシッピの車検がまだ有効だから
いいよ」と言われて免除してもらえる。

車検:ミシシッピ 5ドル⇔コネティカット 10ドル
ただし取られずにすんだ。

その後登録をしに、また別のラインにならぶ。今回支払う金
は登録料と事務手数料だ。ミシシッピの時はさらに友人から
車を買ったため、州税をこれに加えて支払った。

登録:ミシシッピ 165.90ドル⇔コネティカット 170.71ドル
さらにミシシッピの初回時には車体が今から3年新しく、走行
距離も3万マイルほど走っていない。

最後に免許の書き換えをしようとすると、支払いが現金か
小切手じゃないとだめだという。自分はトラベラーズチェック
をもっていてそれを使おうとすると、使えるが、おつりは出せ
ないという。小切手におつりが出せないのは理解できるが、
トラベラーズチェックはサイン後現金同様に使えるはずだから、
おつりをだせる、普通の銀行小切手は違うと説明しようとする
と、怒ったように「現金か小切手のみ、おつり欲しいのなら
銀行いって現金をおろしてきなさい」と言う。別にいわれた
ことはわからなくもないが、言われ方にむかついた。Please
や婉曲な表現は全くなかった。

それでも仕方ないので一度家に帰り、小切手をもってそこに
戻る。また並んでやっと自分の番。「今度は小切手あるから
必要額渡せるよ」といい、書類を渡すと、学校からの文書が
足りないという。かちーんときた。これには裏がある。

実は何度も来なくて住むように、以前ここに来て何と何が
必要かすべて書いてもらった。しかもそれをやってくれた
人はinformationの人だったので、ダブルチェックといって
実際に事務をやる人に確かめにいって、内容を確認してくれた
のだ。今日は言われたとおりそれをもってきたのに、また違う
書類をもってこいだと?

しかも学校からの文書はただの担当者の一筆。こんなもん
自分で文書を作成して、隣人に適当にサインしてもらえば
すむものだ。I-20と学生証の提出が何よりのこの大学の生徒
であることの証明なのに、それでは受け付けられないという。
しかも一回数十分前に同じ所に来て、同じ人に会いチェック
を受けてるのに、だ。せめてそんとき言え、このdamn ass。

ちなみに値段もふざけてる。ミシシッピでは筆記試験、
目の検査、そして免許の発行、ここでは目の検査と免許の
発行だけで以下の金額。

免許関連:ミシシッピ 20ドル⇔コネティカット 100ドル強

いったいどうしたらこういう値段をつけられるんだろう?
そもそも同じアメリカなのに、州を移ったら免許やらすべて
を書き換える必要があるのは何故?

友人で同じくずさんなお役所仕事に大きな迷惑を蒙った
人がいたが、彼よりましと言えども本当に嫌になる。



2003年08月28日(木) きてよかったかな、とちょっと思った瞬間

今日は本当に長い一日。7時ちょっとすぎにATRに行った
あっと、ずっと選手の健康診断。5時に終わったと思い
きや、いろいろとペーパーワークがあって結局は6時を
過ぎる。何もかもが高い学校のカフェで適当に安そうな
ものを買って、食べるか食べ終わらないうちに授業へ。
授業が予定より早く終わってくれたので、多少助かった
けど。

さてよかったかなと思ったことは、授業の話。この授業
はRegulatory protein and mechanismで、薬学や
生化学での話が多いんだけど、教える先生がYaleの人
だと言うこと。しかも授業を活性化させるために、Yale
で博士号とって現在薬会社で研究員をしてる人が授業
に立会い、現場からみた質問やコメントを付け加えたり
するらしい。この人も何日か講義をするらしく、逆に
この時はこの先生がアカデミックな立場から現場への
質問をするようだ。

Yaleの先生にとっては頼まれたか、お小遣い稼ぎだと
思うが、自分にとってはいい刺激になる。彼女(そう
女性なのだ)の講義から修士レベルの学生に求める
レベルがわかるし、もしかしたらYaleの彼女の研究室
に遊びにいけるかも知れない。ミーハーになっている
わけではないけど、Yaleに出入りしてみたい気持ちは
正直にある。少なくともミシシッピにいたら、こんな
ことは一生おきえなかった。

ということで忙しいけどこの授業はがんばります。



2003年08月27日(水) 新米ATCの初めての失敗

予告どおり長い一日でした。朝7時半前に学校に行き、
学校を出たのは夜の9時半。授業が初回ということで
少し早めに終わってくれたのが何よりもの救いでした。

今日はすごくマイナーだけど失敗が。朝女子アイス
ホッケー部のミーティングに参加し、そこで自己紹介。
初めて選手たちとあった。でかい子もいるが、みかけ
は普通の女の子達だった。少し印象が変わった。

その後一日中いろんな部活の健康診断に振り回される。
人が少ないためてんてこ舞い。本来ならスタッフが
やる仕事までいつのまにかやらされていた。本当に
おれがやっていいのかな、と思うぐらい。でもやっ
ちゃったけど。

そんな中で朝会ったアイスホッケー部の子が怪我の
評価をして欲しいとトレーニングルームにやってきた。
その時に奥の部屋にいたためかおれを探せなかった
ため、他の4年生(ATCではない)が対応し、怪我の
評価をした。これ自体は別に問題ではない。

問題は評価をした生徒が「彼女はお医者に見てもらう
ことが必要」と判断しおれに報告してきた。さっと
内容を聞くと確かに医者に見てもらったほうがいいな、
と思ったのと、たまたま今日は医者が夕方に学校を訪問
するので、丁度いい機会だと思ったためなんの疑いも
なしに「じゃ、そうして。」と答えてしまった。

であとになって問題が発覚。
1.彼女はトライアウトに参加しようとする新人でまだ
ロースターに入っていなかった。
2.医師に見せる前に、ATCである自分がもう一度怪我
の評価をすべきだった。例え忙しくても。
3.ルールのため彼女をチームドクターに診察させる
ことが出来ず、また医者を待つ間、彼女に授業を一つ
休ませてしまった。

彼女に悪いことをしたし、スタッフにもよからぬ苦労
をかけた。この学校の場合、medical referralを学生
でも書ける(これは個人的に問題だと思うけど)こと
を下手に知っていたためか、本来自分の担当の子なの
にまかせっきりにしてしまったのはやはりまずいと思う。

反省。。。



2003年08月26日(火) 初授業はやっぱり疲れた

今日も朝からずっとシーズンイン前の選手のスクリーニング
をやる。休み中のように学部生もいないのでお昼以外は朝9時
から夕方5時までフルフルに働いた。お昼はサンドイッチを
持参したけど、夜は授業まで時間がないので、学校のカフェ
で食べることに。軽い食事しただけなのに5ドルした。USM
ならこれでバッフェなのに。

それでも今日いくつかのことは片付いた。家賃は自動引き落
としにしたし、学校のemailのアカウントも繋がった。また
登録の時点では6単位免除の分がお金を扱う部署に伝わって
いなかったが、今日確認出来て一時的にも必要以上のお金を
払わなくてすんだ。登録出来なかった授業も無理やり押し
込んで貰った。よかった、よかった。

で夕方6時半からの授業に行った。(9時10分まで)今日の
授業はFundamentals of Oncology。Oncologyとは癌を勉強
すること。つまり癌細胞の基礎の授業でした。内容?よくわ
かりません。統計的な話はわかったけど、知らない単語ばかり。
ま、地道に覚えないとね、いうところでしょうか。ただ授業
自体はとても興味深いし、先生もなかなか面白い。どうにか
ぶらさがっていければ学期が終わるころには少し頭がよく
なるかも。

明日は朝7時半集合、夜授業が終わるのが10時。また長い
一日だなぁ。



2003年08月25日(月) ガスの値上がり

最近なんでかわからないけど、ガソリンの値上がり方が
尋常でない。先々週は1ドル50セント程度だったのに、
今日は一番安くて1ドル80セントだった。一番高いところ
ではもうすぐ2ドルに手が届きそう。カルフォルニアじゃ
ないのに一体どうしたことだろう?アメリカはどこも
こんな傾向なんだろうか?

さて今日は朝からミーティング、少し休憩の後、一度
家に帰って雑用をこなす。そして5時からまたATRに
戻って他のGAの代わりにバレーボール部の面倒。
一人練習中に足を抱えて倒れて起き上がらないので
びっくりしたが、ただの軽い捻挫。足首は動くし、
可動域も問題ない。腫れも今のところ最小限。なぜ
この程度の怪我であんな大袈裟に痛がるのか全く
理解出来ない。実際落ち着くとなんでもなく、明日
様子みて状況次第では練習可能だろう。というか、
おれだったらテープ巻いて練習させるが、明日はおれが
担当じゃないからきっとやらせないんだろうな。

それも9時半すぎに終わり、その後今後サポートをする
男子ラクロスのミーティングに参加。挨拶をする。
家についたのは結局10時半過ぎだった。

最初は週20時間の契約だからって言われたけど、どう
考えてもこの枠に収まるとは思えない。授業も夜の
クラスばかりとったばかりに、他のGAが授業のとき
にはほとんど代わりを務めさせられる。GAの中では
すでにいつも俺が一番ながくいるはめになってる。

こんなもんか、やっぱりGAって。



2003年08月24日(日) リトルリーグ世界一おめでとう

実はこの時間帯にミーティングに行っていて、全く
リトルリーグの決勝をTVで見れなかったんだけど
アメリカの代表にぼろ勝ちしたみたいです。あわば
コールド勝ちだったらしい。

投手も本ちゃんがなげたみたいで、全部で18のアウト
のうち14個が三信。これじゃ相手も勝てる気がしな
かったでしょう。

いやぁ、どのスポーツもこの世代は強いなぁという
のが実感。いいのか悪いのか。練習のしすぎとは
いわないが、TVで日本のチームは週末こんなに練習
していると紹介しているし。

それでも選手達にはいい思い出になるでしょう。
敵地での勝ちは相当に大変なものだろうから。ESPN
によればここ5年で日本の優勝は3回だそうな。これで
またメジャーリーグのスカウトの目が日本に向かうかな。

それとびっくりしたのは観客の多さ。4万人ぐらいの
観客がいたと思う。やっぱり人口的にはアメリカでも
野球が一番なのかも知れない。この世代のフットボール
は見る気にならないけど、野球なら十分みれるもんね。

この記事を参照したい方はここ(←クリック) の記事
をお読み下さい。



2003年08月23日(土) リトルリーグ世界大会

今日は9時過ぎにトレーニングルームに行き、クロスカントリーの
面倒を見る。それでも自分の担当は練習前と後のトリートメント
とケアなので、外に出る必要はなく楽。おまけに午後の練習が
キャンセルされ、2時過ぎには開放された。よかったよかった。

家に帰ってテレビをつけるとリトルリーグのワールドシリーズ
がやっていて、日本vsオランダ領のどこかの小さな島の試合
の途中だった。これは国際部門の決勝で、勝った方が明日
アメリカの優勝チームとあたることになっている。

当たり前だけど日本が勝った。アメリカのどの地区の代表と
明日やるかわからないけど、きっといい試合になるだろう。

ただ今までの日本チームとは印象が違った。とにかくよく打つ。
その分投手や守備が甘い気がした。特に外野の守備はひどい。
昔の日本の印象だとまずは守りから、という感じだけど今は
どうやら打ってなんぼ、のようである。そういえば何故か走者
はリードが許されず、ソフトボールのようだった。昔から
こんなルールだったっけ?と考えてみる。それともあまりにも
日本が足とせこい野球でかき回してきたため、禁止になったん
だろうか?このことが特に緻密な野球をさせず、走者が出ても
ただ打つことに専念させているようだった。

日本チームで特に一人、でかくて打つ子がいるだけど、その子
の打った後のフォームも一人前。ホームランを確信すると
バッドを放り投げる様がまるでプロと一緒で、解説でも
「ブレッドブーン(シアトル)のそれとそっくり。」と
言われていた。僕が昔あんな風にバットを放り投げたら絶対
に監督、コーチに怒られたものだが時代が変わったんだろう。
とにかく様になっていてかっこいい。

さて明日もアメリカに勝って連覇出来るかな。しかしすごい
よね、決勝は全国ネットでもABC放送だからね。

P.S. カレッジフットボールは開幕しましたが、あまりにも
Calのディフェンスが弱すぎた。



2003年08月22日(金) フットボールシーズンの訪れ

今日はバレーボール部がオフながらもリハビリ担当
を任されていた。これだけで行くのは面倒だなぁと
思っていたらバレーボール担当の子から電話があり
「特にリハビリが必要な選手はいないから来なくて
いい」というお話。急遽一日オフとなる。

それでもウェイトでもしようかと結局は学校に行く。
折角だからとATRにも寄る。秋がシーズンの部活は
どこも土曜日に試合形式の練習をして、夏の練習を
打ち上げるので今日はどこも練習が短めようだ。
ATRに立ち寄る選手もいつもより少なめ。いいことだ。

その後学内を少しうろちょろして、家に帰る。
何気なくTVをつける。するとなじみのある音楽が
聞こえる。College Gameday Previewをやっていた。
そう明日からカレッジフットボールが始まるのだ。

約半年ごぶさたしたテーマ音楽、そしていつもの
解説陣。相変わらず自分の好みでどのチームが
national champになるか、どこが各カンファレンス
を制するか、注目の選手はなどを話していたが
それにしてもこれを見ているだけでえらくわくわく
してきた。

それが終わってほかのチャンネルにあわせると、また
なじみの音楽が。CBSのNFL中継のテーマだった。
マイアミとアトランタのプレシーズンゲームだったが、
始まるときといいCMに入るときといい、音楽は
レギュラーシーズンのそのままだ。うーん血が騒ぐ。

週末はテレビ付けの日々が着々と近づいてきてる。
うーん、楽しみ。



2003年08月21日(木) 文化大革命

題名は大袈裟だけど、自分にとってはそれぐらい
大きいことが今日起きました。

そうケーブルテレビをついに導入したのです。7月
25日にアメリカに戻ってきて以来、アンテナで見
れる1つのチャンネルの番組以外まったくテレビを
見ていなかったのですが、先日ケーブルTVに連絡
して今日インストールに至りました。

以前悪態をつきましたが、結局選択肢がなかった
ので契約する運びにしました。さらに2度目に
電話したとき、オペレータがかわったらまた
違うプランを提供され、それが30ドル程度で
かなりのチャンネルを見れるというので導入に
踏み切りました。

だってフットボールシーズンがきちゃうもん。

いい加減のアポで8時から11時までの間に行く。でも
その間は絶対に家にいてくれ、ということ。おい
客に予定を合わせるが筋じゃないか?と思うがそん
なのはやっぱり通じない。ここは我慢する。

結局10時前に来た。玄関まで迎えに行くと明らか
にラテン系のエンジニアが一人ぽつんと待っている。
挨拶そこそこに自分の部屋がある階にあがり、まず
は大元の接続、そして部屋の接続をした。

コンバータは要らないといったのに、それをもって
きていてセットアップをしている。聞くと必要だと
いう。ミシシッピの時とは違うなぁと思いつつも
お金は取られないからいいかと納得することに。
その後5分ぐらい作業やってすべて終了。彼はぼくに
リモコンの操作を教えて部屋を出て行った。

さてじっくり操作してみる。いやぁ、複数のテレビ
を見れるのはいいねぇと感激する。少なくともこれ
でABC,NBC,CBSはカバーされるから相当数の大学
フットボールを観れる。素直にうれしい。

もうしばらくいじる。あれ、ずいぶんとチャンネル
が多いぞ。しかも見れてしまう。もしや、と思う。
そのもしやだった。神様が少しだけぼくに微笑んで
くれた。見たいと思う2つの番組(さて何でしょう?
わかった人は掲示板まで)が見れた。ま、しばらく
の間だろうけどね。

それでもこの僅かな幸せがせめて来年の1月すぎまで
続きますように。



2003年08月20日(水) East Rock Park

今日の簡単な報告。午前中からまた留学生対象の
オリエンテーション。午後2時半に終わったが、その
後授業の登録でばたばたする。4時半にトレーニング
ルームに行き、お仕事。今日は男子のサッカー部の
面倒をみる。練習開始は5時半、終了は8時でそのあと
練習後の選手のケアしてトレーニングルームを出た
のは9時半。本当は時間があればオリエンテーション
終了後オプションでNYの方にクルーズがあったのだが
いけなかった。ほかのみんなは楽しんだんだろうか?

さて今日のお題は近所の公園の話。今住んでいる
アパートの裏はLake Whitneyという湖になっている。
その湖を挟んで反対側はちょっとした山になっている。
今までその山を横切ってNew Havenの方に出たことは
何度もあったが、その山の山頂の方には行ったことが
なかった。今日ふとしたことから走ろうと思い、そこ
に行ってみることした。

山の入り口にはEast Rock Parkと書いてあり、なん
だそれなりの公園なのね、と理解する。それでも
矢印があって「Summit(山頂)」と書いてあったので
それに従い登って行ってみた。走れるぐらいの緩さか
な坂(車が通れる道路)をしばらく登って行くと
どうやらこの山からNew Haven全体が望めることが
わかった。さらに走って登って行き、30分したくらい
だろうか、山頂が見え始め、それからちょっとして
山頂についた。

これだけしか走っていない割には山頂から見事な景色
が見られた。夕陽もばっちしだったし、New Havenのみ
ならず、高速の向こうには海(湾?)が見えた。よく
周りを見ると夕暮れ時だっただけにカップルが多かった。

なかなか言葉で表すことが出来ないので、今度行った
ときはカメラを持って、みなさんにこの風景をお届け
しようかと思う。山の入り口までは約5分、上まで
行って帰ってきても2時間はかからない道のりなので、
これからいいジョギングコースになるでしょう。

いい公園見つけた。



2003年08月19日(火) 留学生オリエンテーション

今日は必須の留学生オリエンテーションがあった。昨日と
比べて増えた人数は2人程度。やっぱりここは小さな大学
なんだと実感する。

朝食(といってもマフィンぐらいしか食べるものがなか
った。)取った後、学校内のツアー。もうすでに自分に
とっては馴染み深いところばかりで、新しいものはなし。
ただ後ろにくっついていくのみ。

次にNew HavenにあるInternational Centerのディレクタ
がやってきて、大学に限らず地域全体の移民や学生に
対するサービスを紹介してくれた。今度の日曜日にここ
を離れる人が提供する中古市らしきものがあるらしい。
本棚が安くあったら買おうかなと思う。このプレゼンが
一番あとで役に立ちそうだった。

その後は学生ビザの話。これは特に新しいことなし。ただ
人数が少ない分、USMより小回りはきくかなという印象。
だって担当者一人で、しかも彼は他の仕事と掛け持ちだし。

午後はいろいろと助け舟を出してくれるLearning Center
の話。ここは図書館が人でいっぱいのときにパソコンと
プリンタを利用しに来そうだ。

昼食を食べながら一般的な話をし、次に銀行の人がわざ
わざきて自分の銀行の紹介。でもこっちのが自分がすで
に口座を開いた銀行より使い勝手がよさそうだ。

最後に登録のオフィスの人が来て、留学生に対して
ちょっとしたアドバイスと注意。これはUSMのときと
全く変わらない。

こんな感じで1日が終わった。ただ話しを聞いているだけ
だったけど、なぜか疲れた。明日もこんなの聞くのかなぁ
と思うと気が重い。



2003年08月18日(月) International student dinner

やっぱりコネティカットは涼しいようです。朝6時には
トレーニングルームに行くため、5時半に家を出たけど
そのときつけたTVによると64Fでした。これは20Cありま
せん。出掛けに一枚羽織ろうかと思ったくらいでした。

今日のお勤めは午前中で終わり、夕方から留学生向け
の夕食会に出ました。ここは小さな私立大学、どの位
の人が来るのなかぁと思いきや留学生は6人程度でした。
それに大してスタッフは4人。合計10人程度のこじんまり
とした夕食会でした。

この人数に比例したのか、それとも予算なのかdinner
と題してあったのはチキンサラダとクッキーとブラウニー。
これじゃちっともdinnerじゃない、と思いつつもしっかり
食べられるものは食べてきました。特に野菜ね。

留学生のうち半分はインド人でした。あとの半分は
自分とロシア人とメキシコ人。席が2つに分かれていた
ので丁度この3人でテーブルを囲んで話してました。

大した話はしてないけど、ロシアからアメリカに普通に
留学しに来るなんて時代は変わったなぁと思うのは
ぼくだけでしょうか。昔だったら絶対スパイと思われる
のに。

ちなみにその彼が文句を言っていた寮の部屋を帰りがけに
見せてもらいました。確かにひどい。USMの寮が狭くて
ぶーぶー言った記憶があるけど、その同じ面積に3人が
割り当てられてました。これじゃあまりにも狭い。
きれいな所以外はBondより窮屈で可哀想、と言えば
どんなものか想像できる人もいるのでは。



2003年08月17日(日) ニューヘブンをお散歩

午前中ハプニングがあったが、それでも折角のオフなので
ニューヘブンの街中に繰り出すことにした。前に伝えた
通り、自分のアパートからは自分の大学よりイェールのが
近い。ニューヘブンの真中に出るのも10分といらない。

まず適当な繁華街みたいな通りで車をとめ、お散歩開始。
目の前のスターバックスでアイスラテを買って、飲みなが
ら歩いた。スタバがある都市に来れたかと思うと、妙に
じーんと来てしまった。物価は高くても日本にいたときに
近い生活が出来そうだ。

少し歩くとどうやらまさにYaleのある所にいるらしかった。
うろうろすると教会にありがちな立派な建物に遭遇した。
一つ目は本当に教会だったが、あとはイェールの建物だった。

扉があいていたので中に入っていった。中にまた公園が
あるようで、のんびりした雰囲気に満ち溢れていた。この
辺りは地図だとChapel.Stに面するところで、イェールの
中でも昔からあった場所らしい。

正直、ニューヘブンの中心の公園は怪しい雰囲気がただ
ようが、ちょっとここに歩くだけでそんな雰囲気は全く
感じなくなる。治安も肌でよくなっているのを感じる。
詳しいことはわからないけど、いろんな形式の建物があり、
その建物だけでも見ているだけで楽しい。うろうろして
いるとどうやらフットボールスタジアム近くに出ていた。
どこかスタジアムかわからないが、あちらこちらに
Yale Footballという旗が立っているので近いのだろう。
一緒にGAをやっている友達がうまくやってくれたら、
ぼくはハーバード戦はサイドラインで試合を見れるはず
である。レベルは、、、だがそれでもIvy Leagueの伝統戦
を見るのはそれはそれで楽しいだろう。

ただただお散歩しただけだったが、非常にリラックス
出来て、明日からの活力が養えた。また時間を見つけては
ここに遊びに来たいなと思う。



2003年08月16日(土) 大学初の外部な人

土曜日だけどこの時期トレーナーに曜日はありません。
朝7時半から出勤です。(これでもUSMでフットボール
を担当してたころに比べれば楽ちん。)いろいろと
用意して午前中はクロスカントリーの子の面倒をみま
した。

お昼を食べて(体育会が出してくれるので学食でただ
飯)一回家に帰って休憩したあと、4時半にまた戻って
今度はフィールドホッケーの面倒をみることに。ただ
グランドにいろいろなものを運んで、さて準備OKと
思ったら急に雲行きが怪しくなる。その後雷がピカピカ
し、コーチの判断で練習は室内へ。試合形式の練習を
ほどほどにやって今日はおしまい。その後も大した
選手のケアもなく、午後9時過ぎに終了。よかった、
良かったと思う。

今日一つ判明したこと。4年生と話してわかったんだ
けど、どうやらおれはこの大学初の外部出身GAらしい。
そもそもAT programの歴史が浅く、今までは内部上が
りで大学院のPTコースに行くの中での内部人選ばかり
だったとのこと。どうりでおれがどこにいっても
珍しいわけだ。ましてや日本人ならなおさらだ。

うーん、どうりで内向的なわけだ。ま、比較される
人間がいない分、気楽にやりましょ。



2003年08月15日(金) またまたサービスとは?

今日は朝に余裕があったので、懸案であったケーブルTV
接続を申し込んだ。正確には申し込もうとした。

前にも書いたとおり、この会社はサービス内容が変わら
なくても値段を地域によって変え、そのためウェブ上で
値段を公表しておらず、さらにメイルにて質問しても
電話してくださいという、非常にむかつく所だ。名前を
出すとコムキャストなんだけどね。この地域ではここしか
利用できないから、まさに殿様商売。ローカル回線を支配
するNTTって感じかな?

それでも仕方ないので電話を入れる。で一通りの自分の
情報を告げる。ここまでは順調。でサービスの内容を聞く。
Basicなものでいいと言うと、70チャンネルで約47ドル
と来た。おい高いぞ、Basicにしてはと言うと、それなら
ミニマムで10ドルぐらいのプランがありますが、4大
ネットワークぐらいしか見れませんという。そっかー
ESPNは見れないですかー、と残念そうに言うと、実は
ミニマムBasicというのがあって、42ドルですがそれなら
50数チャンネルでESPNも見れます、と言う。それを早く
言え、それを期待してたんだよ。そもそも2つもBasicな
サービスがあるのに、なんでそれから話をしないんだと
少しむかつく。

それで導入の話になって、いつ開通したいか聞かれる。
早い方がいいというと、じゃ明日という。本当に?
それならラッキー、と思いそうしてくれと伝えると、じゃ
明日2時に部屋にいて開通したら業者に(初期導入の費用
として)金を払ってくれという。ちょっと待て明日2時に
家にはいれないし、ケーブルが引いてある以上部屋に
入っての作業はないんだから、勝手に来て勝手に終わらせ
てくれ、後から導入の金は月額の費用と一緒に払うと言う
と、それは出来ないのでじゃ開通出来ませんねという。
おい、ミシシッピのコムキャストはそうしてくれたぞ、
と伝えると、ここでは出来ません、業者に立会い自分で
お金を払って下さいと言う。コムキャストのサービスを
導入するのに一括した窓口がないと言うのは今時どういう
ことなんだろうか?と相手の馬鹿さ加減を疑う。

それでも仕方ないので、いれそうな日を伝えるとそこは
平日でもうちはサービスしてないという。またむかつく
も押えて、じゃスケジュール調べてもう一度連絡するか
らというと、じゃこの申込みはキャンセルします、と言う。
えっ、その情報は取っておけないの?あとで連絡します
から、と言っても現在お取引できないのはすべて一度
キャンセルになりますという。おい、客を捕まえておい
ても離れるのは惜しくないの?それともどうせまた
かけてくるでしょ?って思ってるわけ?全くをお客を
考えてない態度に腹が立った。もうやる気をなくして
「じゃ好きにして下さい」といって電話を切った。

対顧客サービスにどうしてこういう態度が取れるのが
全くでもって常識を疑う。どうやったらここを使わなく
ていい方法はないか、考えている。ちなみにアパート
の契約上、衛星放送は受信出来ない。



2003年08月14日(木) 健康診断

まず北米の停電の話。確かに4時過ぎごろからここ、
コネティカットでも停電が頻発したけど学校にいた
ので特に混乱はありませんでした。非常電源に切り
替わったり、部屋の中がいきなり暗くなったりした
けど、昼間だったので怖いということはなかった
かな。NYCあたりは大変だったみたいだけど。

今日は第1回目の選手の健康診断でした。今回来た
のは秋がシーズンのスポーツの選手達。朝早くから
わいわいがやがやでした。今後付き合っていく選手
なので、それなりに愛想を振りまいていい人(?)
を装いました。ここの卒業生でない唯一のGAだしね。

やったのは身長、体重、体脂肪を量っただけなので
まぁ楽といえば楽。ここの面白いのは選手にこれら
の数値、特に体脂肪率を教えないこと。コーチに
報告するっていったって、あとでどうせわかるのにね。

健康診断はヘッドトレーナーいわく今までで一番
滞りなく行えたとのこと。USMのときと比べてえらく
のんびりしてた気がするけどね。まぁいいことでしょう。

明日からはいよいよ練習の面倒を見ます。早く手順
やら場所やらを覚えないとね。



2003年08月13日(水) GAとしてCIとして

まず最初に略字の説明をしておこう。GAとはGraduate
Assistantの略です。自分の場合トレーナーとして活動
出来る資格を得たため、学校の体育会(=Athletics)
に雇われて、昼間普通のアスレティックトレーナーと
して働くかわりに、大学院生として学校の授業料とある
程度の生活費の保証をしてもらえる立場の人間のことです。
これは別にトレーナーに限ったことではなく、いかなる
形態でも学校や関連施設に雇われて、その代わりに学費
と生活費を面倒見てもらう大学院生を指します。

一方でCIとは自分らの場合Clinical Instructerを
指します。これは認定アスレティックトレーナーの勤め
なのですが、特にATプログラムを持つ学校に所属した
場合、そのプログラムに所属する学生の面倒を実習先で
見ることになります。これらはGAとしての仕事内容に含ま
れることがしばしばですが、プログラムを持たない学校
ではこういうことは求められません。

さてぼくが今回所属した学校はプログラムを持つ学校な
ので、公認アスレティックトレーナーとして初めて責任
を持って仕事をする傍ら、学生特に1年一緒に仕事する
4年生の面倒を見て、彼らの試験合格に貢献しなくては
いけないことになります。もちろんこれに加えて、ぼく
はMolecular and cell biologyの学生として、授業
実験をこなしていかなければなりません。

今日は学校側からアカデミックな立場でCIとしてどの
ような期待をしているか、どうしてもらいたいかの
ミーティングがありました。この学校は現在認定の
アスレティックトレーニング学科に移行中のためか、
一つ一つの設定がえらく細かく、与えられた資料を見て
絶句してしまいました。(厚さにして3センチを越える)
自分の勉強にはなるけど、大学によって扱う内容に幅が
あり、明らかに自分が知らないことも記述されてました。

ひゃーどうしよう、というのが正直な感想。まるで
大学院で働きながらダブルメジャー(教育と生物学)
してるみたいな勢いです、これじゃ。

学校が始まったら平日はのんびり日記を書いている場合
じゃない気がして来ました。さてどうなることやら。
(書くけどね、きっと)



2003年08月12日(火) 4年生とご対面

GA2日目。今日は新4年生とのご対面があった。自分の
スポーツに配属されれば、今年1年ずっと一緒に仕事
して彼らの面倒を見ていくので、それなりにどんな
子達だろうと楽しみにしてた。

今日来ていたのは17人程度だった。1学年にしては
多い。聞くとここは4年間のプログラムだと言う。
それでも実習をするのは実質5セメスターだから、自分
がUSMにいたときと変わらない。

午前中、チームワークを養うため近所の施設に行って
アドベンチャープログラムというのに参加した。なん
かみんなshyなのか大人しいのか、インストラクター
の質問に反応しない。実技をやらせても、自分で言う
のもなんだが一番おれがよくやっていた。それでも
和気あいあいと身体を動かし、グルーピングによって
いろんな子達と話せたのは自分にとってはよかった。
おかげで今日一日でほとんどの子の名前を覚えられた
ように思う。

午後は学校に戻って、physical及びtwo-a-day pratice
のためのワークショップ。担当のスタッフから出た資料
はよく出来ていて、USMも真似る必要があるなぁと思った。
またここでのいろいろな手順を知ることが出来て自分
にとっても有益だった。

結局夕飯もはさみ午後7時過ぎまでかかって今日の部を
終えた。明日もこのワークショップの続きがある。今日
はそれでも緊張したので明日は少しリラックスしてやれ
そうかな?



2003年08月11日(月) GAデビュー

今週よりGAとしての仕事が始まった。今日はSports
Medicine Staff全体のミーティング。初めて全員
のGA、スタッフと会った。

自己紹介からこの学校のスタイル、方策などを朝10時
より休憩をはさみ延々と5時までやった。これでも
時間が足りないぐらいだった。ただ自分以外のGAは元々
この大学のATプログラム出身で、彼らにとっては
変更事を知る以外は確認みたいなもの。ずりぃと
思いつつもそうはいってられないので、必死に聞いた。

ふぅ。

後からあるスタッフに「大丈夫、やって覚えるから」と
フォローされるも、こっちはやはり疲れました。ただで
さえ初めてのところで、得意でない英語ですから。ま、
かっこつけないで、わからないところは聞くようにします。

まわりの印象だけど、今日見た感じではよさそうでした。
これが続いてくれるといいけど。

明日は面倒を見る4年生とご対面です。何人ぐらい面倒
をみないといけないんだろう?



2003年08月10日(日) 音声チャット

今日人生で初めて音声チャットをやった。

以前日記にも書いたとおり、マイク付きのヘッドフォン
を購入してたんだけど、音声チャットをやる相手がいな
くて、宝の持ち腐れだった。

今日もいつも通りただのチャットだったんだけど、ひょん
なことから音声チャットになり、初めてこれがデビューす
ることに。

感想、確かに自分の声が向こうで聞こえたりして音質は
悪いけど、かといって会話が出来ないほどではない。
ようはただでやる長距離電話なんだから、文句をいう
ほどではないだろう。もし音質を求めるのなら、お金を
払って普通の電話、もしくはけちるにしてもきちんとした
IP電話を使えばいいのであろう。もっとも品質改善も
時間の問題かと思うけど。

調べてみると、いくつも音声チャットが出来るサイトが
あった。例えば、、、

dialpad、e-phone、MediaRing、Phonefree.com、
フリートーク、ICQ、Yahooメッセンジャー、GO2Call
Visitalk、MSNメッセンジャー、などなど。

ほんのちょっとの用を足すのならこれで十分。貴方も
試してみては?



2003年08月09日(土) 在留届を出すにあたって

昨晩友人と少し遅くまでチャットをしてしまったので、かなり
遅めに起床。インターネットに繋げる環境になったこともあり、
引越し後のいろいろな手続きをすべくネット上で調べ物をした。

その中で一つひっかかったことがあった。州を移ったので
ニューオリンズ管轄からボストン管轄になったのことは理解
出来たが、ニューオリンズに転出届を出すだけでいいのか、
ボストンに在留届を出すだけでいいのか、それとも両方なのか
Webで調べてもはっきりしなかった。

結論として両方出しておいた方がよさそうだ、ということに
なった。ただ用紙が統一されてないは、リンクが切れているは
各総領事館、大使館のHPはお粗末だった。またよく読むと
各総領事館、在米日本大使館のHPで言ってることが微妙
に違う。まぁぶつくさ言って融通が利かない割にはお役所な
んてこんなもんか、と思ったけど。

ただこんなの各領事館に任せるんじゃなくて、DCの大使館で
一括窓口にしてやってくれないのかなぁと思う。どこに何人
いるかを通達するなんて、大した作業ではなかろうに。

ちなみに2003月4月より在留届をこれから出す人はオンライン
で出来る様になっていた。これならすぐに統計も出せるだろう。
でもすでに出した人は使えませんってなってる。システムと
してそんなことあるの?とちょっとびっくりした。統計だと
わざわざ前に登録した人と、後で登録した人を結局は手作業
でつき合わせるんだろうか?だったらシステム化の意味ない
じゃんね。



2003年08月08日(金) I'm back!!!

今日が始まってまもないですが、連絡と思いここに
書いています。

ばたばたしましたが、ようやく電話が開通しました。
つまり部屋から日本語でインターネットに接続できる
ようになりました。この不在の10日間、それでも
この日記、及びHPを訪問してくれた方に感謝をすると
ともに、また更新できる環境になったことを報告し
時間があった際に立ち寄ってくださることをお願い
したい次第です。

場所はミシシッピからコネティカットに移り、毎日の
生活もかなり変化していくと思います。新しい所での
失敗やハプニングも恥ずかしがらずに載せていくつもり
なので楽しみにしてて下さい。



2003年08月03日(日) テレビ用カート作成

床にただ物を置いているだけもなんなので、最低限必要
と思われる家具を買うことにした。ぱっとみて箱が大き
いのはテレビとビデオ。なのでまずはテレビを置く台を
買うことにした。

テレビが置ければいい、というのでウォールマートで
テレビ台を買ってきた。中をあけるとこっちの安い家具
というのは自分で組み立てるらしい。板とねじが入って
いた。

ただとんかちとプラスのドライバーがあれば出来るもの
で、組み立てそのものに苦労はしなかった。型の大きな
ちょっとしたプラモデルを作っている感じで、小さい頃
なら夏休みの宿題によさそうだなぁ、と思いながら組
立てをした。

図面どおりに組み立てて30分ほどで完成。その上に
テレビ、段のある間にビデオをいれる。これだけで部屋
がずいぶんとすっきりした。アンテナを立てて何か入る
かどうか試してみたが、ABCしか入らなかった。仕方なく
ビデオを繋いで、しばしビデオ鑑賞をした。それでも
テレビに一人用のカウチがあり、それなりに部屋の感じ
が出てきた。

非常にせまい空間だけど、自分の部屋の娯楽スペース
が決定した。逆にこじんまりとしていいかもしれない。



2003年08月02日(土) コネティカット2日目

昨日疲れて必要最低限しかやらなかったので、今日が
実質の荷卸しだった。今度は4階なのと玄関はオートロック
なので入る時にいちいち鍵で開けるのが面倒だった。
入り口は階段で少し上がってるし。

それでもDollyといういわゆるコカコーラのお兄さん
がコーラを運ぶときに使う押し車みたいなのを借り
ていたので、それをフル活用した。時間をかけて
少しずつ持っていく。何回も休憩を入れる。それでも
朝早くからやったおかげで2時過ぎにはとりあえず
すべての箱を部屋に入れることが出来、5日間つき
沿った小型トレーラーを返すべくU-haulに行った。

トレーラーを引き離してもらい、ようやく普段の車に。
運転してみたら羽根が生えたように速いこと速いこと。
普段加速がいまいちと思っていたのに、抜群の加速。
ブレーキもばっちしになった。あらためて重いもの
を引っ張ってたのねと痛感。それと同時に安全性が
増してほっとした。

あとは一生懸命箱を開ける。それでもほとんどの家具
をあげたか捨てたので、ただただ部屋にものが広がる
だけ。夕方になって置く場所がなくなり、疲れたので
やめてしまった。それでもちょっとスーパーに行き
食料を調達。ミシシッピではありえなかった寿司が
パックに入ったものを買って食べた。うなぎの巻き物
だけどおいしい。物価は高いけどその分生活の便は
いいかなって思うと少しうれしくなった。

そして今日も寝袋で寝た。



2003年08月01日(金) いざコネティカットへ

お世話になった友人宅をまた朝8時過ぎに出発した。
残りは350マイル程度のはず。不動産屋さんから
鍵をもらうために午後5時までにそこに行きたいが、
それでもかなり余裕を持っての出発と考えていた。

メリーランドを少し走ってデラウェア、そして
しばらくしてニュージャージーに入った。この辺り
の嫌なところは日本みたいに高速代金をとるところ
だ。ちょっと走ったらすぐに料金所があったり、
日本と同じように初めにチケットをもらって、距離
で後で計算したり。全くアメリカなのになんで?
とマジで思ってしまう。たまたま現金もっていた
からいいものの、なかったらどうなっていたんだ
ろう?

それでも昼過ぎにはニューヨークに入った。さすが
にこの辺りは交通量が多い。それでも途中の観光案内
に教えてもらったとおり、少し遠回りしてでも
マンハッタンを通らない道を行ったので、ある程度の
所まではすいすい行けたし、時間的に余裕があった
ので渋滞が始まっても余裕をかましていた。

午後1時半過ぎ、コネティカット州に入る。ここから
はもう数十マイルだ。以前に来たこともある。道に
迷う心配もない。距離的に言ったら2時半にはつく
距離だ。あぁ、不動産屋さんの営業時間に間に合って
鍵をもらって部屋に入ってゆっくり出来る。そんな
考えが頭をよぎった。

ところがI-95が全く動かなくなった。事故ではない
かと思うくらいに動かない。のろのろとまさに東京
の環七のような感じになった。3時半をすぎた。
コネティカットに入ってから十数マイルしか進んで
いない。目的の出口まで20マイル以上ある。いよいよ
雲ゆきが怪しくなってきた。仕方なくパーキングエリア
に入り大家に連絡する。「遅れるかも」しかしいつも
通りここはアメリカ、予想した通りの返事。「私は
5時にはここを出るよ」「えっ、待って下さい。今日
部屋に入れないと泊まる所がないんですけど」「私
は用事があるから今日は帰らないといけないから」

まるでお客のことなんか気にしない。営業時間帯以外
はしらんぷりなのだ。

4時をすぎる。少し流れるもまた停まる。うーんうまく
いってぎりぎりだ。でも高速を下りて下を走るほど
道は詳しくないし、第一わからない。急がば回れで
がまんすることにする。4時50分、ようやく希望の
出口から出て一目散に大家に向かう。間に合ってくれ、
そう祈るのみだ。

しかしこんなときに限って信号が繋がらず、また
トレーラーを牽引してるため、早く走れない。時間は
5時を5分ほど過ぎてしまった。それでも恐る恐る大家
のあるビルに入っていく。「すみませーん。」担当の
女性は不在で、奥のオフィスから男性が出てきた。
「あの今日○号室に入るはずの○○ですけど」「あぁ
お疲れ様、どうにか私がいる間に間に合ったね。」

よかった、鍵があった。聞くと彼もあと数分で帰る
ところだったらしい。本当によかった。ようやく
生きた心地がした。

こうしてハティスバーグからハムデンまでの長い
長い移動は終わった。一人での積み下ろしは疲れて
いたせいもあり、その日では全く終わらなかった。
それでも床に寝袋引いて寝れたときは本当にほっと
した。ただ長いだけでなく、不安定なトレーラーを
引っ張って移動してきたのだから。無事でよかった。


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